卵巣がん体験者の会スマイリー 片木美穂

「何ができるかわからないけれど舛添厚生労働大臣に会ってくるよ。」
松島麻子(仮名)さんは、静かに、でも覚悟を決めたように力強く言いました。

 

●卵巣がんについて


 卵巣がんは1年間で約8000人が発症し、約4500人が亡くなる婦人科がんの中でも極めて予後が悪いがんです。自覚症状が出にくく検診で発見するのも難しいことから多くの患者が進行がんになった状態で発見されます。そのため、抗がん剤治療が不可欠です。
 標準治療(ファーストライン)はタキソールとカルボプラチンの併用療法が世界中で行われており、日本も同様です。しかし、日本では、カルボプラチンやシスプラチンといったプラチナ製剤に耐性などが起きたときに、選択肢が少ないのです。世界で卵巣がんのセカンドラインとして使用されている「トポテカン(ラグ13年)」、「ドキシル(ラグ10年)」、「ジェムザール(ラグ3年)」が、2009年4月22日にドキシルが承認されるまで「適応外」という状態でした。

 

●厚生労働大臣面会の背景


 麻子さんは、当会の会員の中でも一番の勉強家で、プラチナ製剤に耐性が起きたときの治療法が少ないという現状をとてもよく理解していました。麻子さんは2008年10月15日に当会がドラッグ・ラグ解消の署名活動を始めたときに、大学時代の友人に積極的に声をかけました。
大学時代に弁論部に所属していた麻子さんの友人の多くは、国会議員・地方議員として活躍しています。卵巣がん患者が置かれている現状に驚いた仲間が麻子さんのもとに集まりました。11月の初めに舛添厚生労働大臣に麻子さんが直接会えることになりました。麻子さんに、同行をしてほしいと声をかけていただきましたが、署名活動のまっただなかで連日マスコミなどの対応に追われて調整がつきませんでした。大臣に会うまで、毎日のように麻子さんと電話
で打ち合わせをしました。不安な時も、「私がマスコミのみなさんに報道をしていただき空中戦をする、麻子さんが、大臣に直接卵巣がん患者の現状を訴える地上戦だね。」といって励まし合いました。

 

●再発卵巣がん患者の現状と「ジェムザール」


 麻子さんは、再発後の抗がん剤治療がいずれも効果がみられず、当時治療に使っていた抗がん剤は副作用も強く、辛い思いをしていました。しかしその治療を受けなければ「もう手が無い」状態でした。
 私たちがセカンドラインとして求めるうち、「ドキシル」はマスコミの報道などが後押しをし、2007年11月に迅速審査になり、近い将来に承認されるだろうということでした。そのような背景から麻子さんが強く望んだ薬が「ジェムザール」でした。

 「ジェムザール」は非小細胞肺癌、膵癌、胆道癌、尿路上皮癌に日本では承認されています。
卵巣がんに対して世界約60カ国で承認されており、複数の海外の無作為化比較試験等の公表論文で有効とされています。NCCNのガイドライン、日本の卵巣がん治療ガイドラインにも再発卵巣がん治療の選択肢として記載されている抗がん剤です。

 麻子さんは再発後、セカンドオピニオンに訪れた病院で「数か月ごとの刻みにはなるかもしれませんが、抗がん剤治療をうまく組み合わせていけば、やがてドキシルが承認され、その次の手がでてくるかもしれない。頑張りましょう。」と言われていました。それは、治療を望む麻子さんに対する医師の励ましだったのかもしれませんが、麻子さんとっては生きる指針になったのです。
 また、スマイリーでは多くの卵巣がん患者が適応外でジェムザールでの治療を受けていました。2008年8月5日に日本テレビニュースリアルタイムで取り上げられた当会会員は、さまざまな治療を受けて効果が頭打ちになっていたときに、ジェムザールが奏功し無病期間を送っていたことも麻子さんにとっては無視できない情報でした。

 

●適応外治療を受けたいという願いはわがままなのでしょうか


「なんとか、ジェムザールを投与して貰えないか。」
 麻子さんの思いは強かったのですが、神奈川県立がんセンターの担当医は「適応外治療を絶対にしない」と告げたといいます。神奈川県立がんセンターは「腎臓がん患者に対して混合診療していた」ということでマスメディアに取り上げられたことなど背景があったのかもしれません。医師の療担規則についても麻子さんは知っていましたが、担当の医師からは適応外治療をしないことに対して、何も納得のいく説明がなかったといいます。

 麻子さんと私は、スマイリーの会員から情報を集めました。国立がんセンター中央病院や千葉県がんセンター、静岡がんセンターに通院している患者からは「ジェムザールの治療を受けたことがある」、「医師から受けられると聞いた」という回答が複数あり、埼玉県立がんセンター、神奈川県立がんセンターに通院する患者からは麻子さんと同じく「適応外治療を受けられない」という回答がありました。
「誰もが癌を告知され、病院を選ぶ時に、まさか自分が治療に手詰まりになる事を考えて病院は選んでいない。海外に治療薬があって日本で承認されないことだって辛いのに、同じ日本で治療の選択肢が違うのですか!適応外治療を受けたいという私の願いはわがままなのでしょうか!?」麻子さんの悲痛な声が胸を打ちました。

 

●大臣との面談、その後


 2008年11月、麻子さんは支えてくれる仲間と一緒に舛添厚生労働大臣に面会しました。世界であたりまえに受けられる卵巣がん治療を受けたいという切実な思いを伝えてきたといいます。ただ、麻子さんの体調では霞が関に行くだけでも疲労の色は濃く、また副作用が強い抗がん剤治療を受けていたため詳しく報告は聞けませんでした。
 しばらくして、「神奈川県立がんセンターではどれだけ担当医を信頼し、願ってもジェムザールでの治療は無理だから、病院を探して群馬県の総合病院に明日行くことになりました。」と連絡がありました。神奈川から群馬までの道のり、麻子さんの体調を思うと、患者がどうしてここまでの苦労をしなければならないのかと切なくなりましたが、きっといつもの明るさで報告してくれるものと待っていました。

 2009年元旦、麻子さんは天に召されました。まだ30代でした。 群馬で治療ができると私に電話をしたあと、腫瘍が腹部を圧迫することによる腸閉塞を起こし神奈川県立がんセンターに緊急入院したのです。あと1日あれば、ジェムザールが受けられたのにと呟く彼女に、何を言えばよかったのだろうと今でも思います。
 麻子さんを見送ってすぐ、2009年1月27日、厚生労働省に、卵巣がん治療薬の早期承認を求める署名15万4552筆を提出しました。たった2ヵ月半で、これだけの賛同が集まりました。段ボール8箱、重さ約150キロ...。その中に麻子さんが集めた署名も入っていました。4月22日、抗がん剤ドキシルは、申請から2年3カ月という異例の早さで承認されました。しかし、その裏で、治療を願いながら多くの命が旅立ったことには変わりがなく、承認を知らせるファック
スを手に取り涙が止まりませんでした。

 

●いまこそ適応外治療について考えるとき


 麻子さんが期待した「ジェムザール」や「ドキシル」のように世界の多くの国で承認され、臨床試験で有効するというエビデンスがあり、NCCNや日本のガイドラインにも掲載されていて、日本でも複数のがんで承認されているお薬があるとします。
 それが、自分の病気に適応症をとっておらず、すでに特許が切れていて、治験などの予定も立っていなかったらどうしますか?
 もちろん、承認されることが一番だと思います。しかし、治験や審査には4年も5年もかかり、多くのがん患者にはその時間がありません。日本には公知申請(2課長通知)といって、公知の事実があれば、そのデータを使って承認申請ができるというしくみもあるようですが、多くの企業担当者は「PMDAが公知申請をさせてくれない。他の薬が人質に取られている。」といいます。
 こういったことを考えると「承認される"べき"」というのは、きれいごとであり、「いのち」を第一優先で考えたときには、承認されるべきという考えすら、いのちを断ち切る高い壁になってしまいます。
 この日本の現状で、適応外での治療を希望するのは人として当然だと思いませんか?

 適応外使用を考えるとき、効果よりも危険が高い治療や不利益な治療が行われるのではないかという不安も確かにあります。医師にはプロ意識を持ち、「国ではなく医師」が医師を監視する「自浄作用」をもって正しい治療を提供していく取り組みが必要なのではないかと思います。
また患者も藁をもすがる思いだからこそ、患者力をつけ正しい治療にアクセスする必要があると感じています。いのちと向き合う患者が担当医としっかり話し合い、薬のリスクとベネフィットを理解し、それでも治療を望んだ時に、どうして国が「混合診療」だと口を出してくるのでしょう。

 お別れの場に置かれた写真の中に、麻子さんが舛添厚生労働大臣に会った写真がありました。たった2か月前の出来事です。「患者の現状を伝えたい、有効性が確認されている治療を受けたい。」麻子さんの思いは大臣に伝わったでしょうか。
 当会ではいつも会員さんに伝えています。「この世には奏功率100%、副作用0%というお薬はない。だからこそ患者力をつけよう。」治療したからといって全員が治るわけではない、がんという病気を考えたら奏功する人はほんの一握りです。だからといって承認されないから諦めろというのでしょうか。
 ドラッグ・ラグは改善しようと思えばいくらでも方法があると思うのです。もっと前向きに今の日本の現状を踏まえて検討する必要があると思うのです。卵巣がん患者の現状を思うと「これじゃあ不作為による殺人じゃないか。」と憤りを感じずにはいられません。
 がんは部位ごとに適応追加が必要です。有効とされるすべての部位に治験が行われることは難しく、麻子さんと同じ思いをする患者は決して少なくないと思います。
 適応外という言葉尻だけをつかまえて「悪」と考えないで、今こそ、患者が置かれている現状なども踏まえ、前向きに適応外治療について考える時期が来たのではないかと思います。

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